現代美術の巨匠・リヒターの「ある画家の数奇な運命」を見てきました。

『ある画家の数奇な運命』を見てきました。
ゲルハルト・リヒターの人生をモデルにしたフィクションです。

現代美術の巨匠と言われるリヒター。
最近では、2020年10月8日にポーラ美術館が、香港のサザビーズでリヒターの作品を約29億円で落札(アジアのオークションに出品された西洋作家の中で最高額)
というニュースもありました。

この映画、実は見ることを迷いました。
美術、恋愛の要素があるといえど、戦争がキーとなる映画ですし、3時間を超える大作ですし、しかもドイツ語だし、、、と、その重厚さにひるんだのです。
けれど、リヒターへの興味と現代美術について知りたいという思いが勝ちました。

そして、これまで美術に関連する映画をたくさん見てきましたが、こちらが
好きな映画ナンバー1となりました

 

リヒターがモデルとなったクルトに大きな影響を与えたのは、叔母との関係や、ナチ政権下におけるドイツのあり方。
恐ろしく、とても悲しいシーンもありますが、それを払拭し、あまりあるほどの爽やかさが得られたのは、あらゆることにおいて、幼くも見えるほどにおだやかで素直なクルトによるものでしょう。
妻となるエリーも同じような素直さを放つ女性。
登場人物それぞれが、国家の状況に翻弄されながらも、その人の本質を失っていないことが、この映画の魅力を支えるものだと思いました。


戦争や叔母から受けた影響などの原体験を抱えながら、静かにたんたんと悩み、描き、
ついに自分だけの表現方法を見つけるクルト。その姿は、私のイメージする現代美術のアーティストとは違っていました。


「芸術には主体性が必要だ。工芸とは違う」
という、デュッセルドルフ美術アカデミーで、ヨーゼフ・ボイス(ドイツの現代美術家)をイメージした教授の言葉がありました。

芸術と工芸は同じラインにあるように感じることもあるし、
まったく異なるものだと思うこともあり、その答えがわかったことは、

この映画を見てよかった、と思ったことの一つでした。


この映画では、1937年に、ナチス政権企画で行われた「退廃芸術展」に展示され、破壊されてしまった、カンディンスキーモンドリアンの作品などが再現されています。退廃芸術展のシーンでは、その当時の展覧会の様子、時代の空気を感じることができます。

ドイツの前衛芸術家たちは、ヒトラーにより、国家の敵、ドイツ文化に対する脅威であると烙印を押されたのです。

壊されてしまった作品を、写真などの資料から作るという、お金と時間がとてもかかる作業だったということが、「美術手帖」の、監督へのインタビューにありました。

『すべてのアートというのは政治的・社会的・歴史的な環境のなかで生まれているので、伝統の継続であるわけです。
アートが向かっていく方向というのはそれまでの歴史や文化があってのことなので、そこには正当性を持たせたかったということです。』

こうしたインタビューから、この映画の魅力はすべてわかります。

フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督は『善き人のためのソナタ』で知られる方ということです。

きっと素晴らしい作品でしょう。ぜひ見たいと思いました。


クルトがヨーゼフ・ボイスに学んだデュッセルドルフ美術アカデミーやドレスデン美術大学という美術学校のシーンからは、ナチ政権下のドイツの美術界の様子も知ることもできました。瑞々しくいきいきと学ぶ美大生の姿も見どころです。

ドレスデンの街並みや、映像、音楽なども素晴らしい、魅力がいっぱいの映画です。

原題は「Werk ohne Autor」、作者のない作品という意味になります。
原題の方が、この映画の本質がわかる気がします。

ぜひご覧くださいね。

 

湘南美術アカデミー