東京都美術館「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」展12月1日までです

 

 東京都美術館で開催中の田中一村(1908-1977)の大回顧展に行ってきました。

2017年に横浜そごう美術館「日本画の潮流展」で見た1枚に驚き、次に見たのは2018年、箱根の岡田美術館「田中一村の絵画」展。衝撃をずっと心に留め、奄美千葉市美術館も、いつか行きたいと思っているうちに、とうとう都美館で、大回顧展!


8歳から始まり、藝大に17歳で合格するも2年で中退した後の活動、千葉時代奄美時代、300点もの作品が並びます。

一村作の木魚まで見ることができました。一村は仏像彫刻などを手掛ける木彫家の父に学び、根付などの木製品だけでなく、専門的な技術が必要な木魚もいくつか作っていたのです。依頼された仕事に対する一村の熱意が木魚の佇まいからも伝わってきました。一村の木魚は良い音がするといわれ、現在まで使われているそうですよ。

栃木県で生まれ5歳で東京に来た一村。書画を父から学び才能を発揮します。《菊図》の筆致は8歳とは思えないものでした。深みを湛える1枚の色紙、、さすが神童。
父から与えられた作家名「米邨」の下の部分は、父が加えた筆が気に入らずに破り取られています。一村のこだわり、美意識でしょうか。

東京美術学校 日本画科を退学したあとに描かれた力作《椿図屏風》は、なぜか左翼には何も描かれていません。


川端龍子主宰の「青龍展」に、「柳一村」の画号で出店し初入選した《白い花》、翌年、自信作であったのに落選した《秋晴》も展示されています。このとき《波》(所在不明)は入選しますが、辞退し、以来賞とは無縁の人生を送ります。

画壇での評価は得られなかったものの、屋敷の襖絵や天井画、旅土産のデザインなど幅広い分野の作品から、一村の画力とセンスを見ることができます。
小さな仕事であっても一切手を抜かないこの時代が、奄美の一村の作品に結びついていることがよくわかりました。


さて50歳。やっと奄美時代です。
南国の自然や風土に触れ、これまでの研鑽が実り、一村ならではの作風が生まれます。
小屋に住み、紬工場で染色工として働いては絵具代をつくるという暮らしですが、苦労というより実は一村の理想の形だったのでは?

父の手ほどきで南画を得意としていた一村。南画に影響を与えた文人画を描いていた文人の簡素な暮らしに憧れを持っていたような気がします。

理想郷で仙人のように簡素に暮らす文人奄美が一村の理想郷だったのだと思うのです。

閻魔大王えの土産品」と手紙に記した《アダンの海辺》や《不喰芋と蘇鐵》などに囲まれ、都美館にいながら奄美の空気に包まれます!

初めて見たとき、日本画の画材で描かれた、ポップアートのような作品に驚き、今回はさらにたくさんの作品を見て、デジタルアートにも通じるデザインの魅力も感じました。

一村が撮影したモチーフやお姉さまの姿など、絵画だけでなく写真もアーティスティックで、とても洒落ています。
紬姿の一村の1枚を見ると、佇まいや表情が南国にとても映える人だったことがわかります。

色彩豊かで生命力あふれる傑作を次々に生み出した一村、69歳で生涯を閉じました。

見ごたえのある大回顧展、ぜひお出かけください。