「残照 ― フランス 芸術家の家」

「残照 ― フランス 芸術家の家」(NHKBSプレミアム)

というドキュメンタリー番組を見ました。

 

「国立芸術家の家」は、パリ近郊の町にある老人ホーム。
スミス・シャンピオンという貴族が芸術家のためにと寄贈した館で、国が老人ホームとして運営しているものです。
利用する高齢者(芸術家)は無料なのだそうです。
元貴族の館の中は、彫刻や絵画で彩られ、ちょっとした美術館のよう。
制作活動のためのアトリエがありピアノがあり、
住人がコンサートを開いたり、展覧会を開いたりできます。
なんて素敵な老人ホーム!

アーティストとして華やかな経歴を持つ住人たちは、80、90代。

それぞれのキャリアをリスペクトし合い、ピアノを弾いたり絵を描いたりしながら共同生活を送っていますが、貯蓄もない、家族の縁も薄いなど、それぞれ悩みを抱えています。


老いと死に向き合いながらも、作品が売れたことに狂喜乱舞し、恋をしたり、カップルも誕生したりという、共同生活の中での、それぞれの心模様を描いています。

 

フランス財団のコンサートで優勝したというマリ二ーは82歳。現在の生徒は老人ホームまでレッスンにやってくる10歳の女の子ひとり。収入としても大切ですが、芸術家としての証を繋ぎとめる大事な生徒さん、というようにも見えます。

目が不自由なジャナールはロダンの再来といわれた彫刻家。


毎日歩いているという画家のルランド。


次の誕生日で90歳になるマックスフィールドは、アニメーターとして活躍してきました(恋人のペジャール・86歳と2人でここを出たいと息子に告げて反対されていました!)


画家のカーシオリは74歳、創作意欲があり、ここで開く個展の準備をしています。


グラフィックデザイナーのペジャールは86歳。

 

この老人ホームのおかげで、彼らは芸術家としての自負を保ったまま老い、死んでいくことができるのだと思います。
さすがは、アーティストを大切にする国、フランスです!


タイトルの「残照」がピッタリの、ドキュメンタリー。老いと死について考えさせられながらも乾いた空気感が心地よい、また見たくなる作品です。


機会がありましたら、ぜひご覧くださいね。

 

湘南美術アカデミー

三菱一号館美術館「1894 Visions ルドン、ロートレック展」

f:id:artyuriko:20210125084808j:plain
三菱一号館美術館で、「1894 Visions ルドン、ロートレック展」を見ました。

ロートレック作品約260点を所蔵している三菱一号館美術館、ルドン作品約250点という世界有数のルドン・コレクションを所蔵している、岐阜県美術館の作品による展覧会でした。

f:id:artyuriko:20210125084853j:plain

f:id:artyuriko:20210125084932j:plain


人間の精神や夢を表現したルドン,
人間の本質を突いたロートレックの世界を、同時代の画家たちの作品とともに鑑賞できました。

ルノワール、モネ、シスレーピサロドガそしてセザンヌなど印象派の画家たちの作品とともに、
それらがいかにルドンとロートレックの作風確立に影響を与えたのかを探っていくものです。

1879年にリトグラフの作品集『夢のなかで』を刊行し、版画家としてデビューしたルドン。
ルドンの独自の絵画世界を表現した、動物と植物、夢と現実、意識と無意識が交錯する奇怪な形態をモチーフにした木炭画作品とともに、
ゴーギャン木版画シリーズ「ノア ノア」(1893-94)も展示されています。こちらも見どころです。

20世紀の幕開け目前に、ルドンは黒の世界から色彩の世界へと完全に移行。
当時、ルドン最大の支援者であり収蔵家のロベール・ド・ドムシー男爵が城館の大食堂の装飾のために依頼した絵画が《グラン・ブーケ(大きな花束)》(1901)です。
16点の巨大な壁画のうちの一枚が、三菱一号館に常設されています。

ルドンのパステルを使った作品は、本当に素敵!
《神秘的な対話》(1896頃)や《翼のある横向きの胸像(スフィンクス)》(1898-1900頃)、
《オフィーリア》(1901-02頃)なども展示されています。

ルドンの亡くなった1916年にポール・セリュジエが哀悼の意を示して制作した《消えゆく仏陀 オディロン・ルドンに捧ぐ》(1916)も見ることができました。

ロートレックとルドン、その時代の周辺の画家たちの展覧会。

美術館の空気はなつかしく、庭園の花々やイルミネーションの輝きが心にしみて、
展覧会にいつでも行ける日常のあった日々を思い出して、
切ない気持ちになりました。

いつか岐阜県美術館にルドンを見に行きたいと思います。

湘南美術アカデミー

モダングラフィック技法講座 第一回

 井手章先生の、モダングラフィック技法講座、第一回目は「スパッタリング技法」です。

スパッタリングとは、spatter、水などが跳ねかかる、飛び散るという意味です。

That bicycle spattered me with muddy water。
その自転車は私に泥水をはねかけた

というふうなイメージ。

井手先生の作品を見ていきましょう。
f:id:artyuriko:20210123114523j:plainf:id:artyuriko:20210123114612j:plainf:id:artyuriko:20210123114707j:plain
塗料の粒を飛ばして着色する技法の1つで、筆や歯ブラシ、金網などを利用します。
型紙を作り、順番にスパッタリングしていくと、美しいグラデーションができます。
自分でデッサン、デザインするだけでなく、既存のモチーフを使用し、オリジナリティの高い作品が作れることも魅力的だと思います。

f:id:artyuriko:20210123114812j:plain

f:id:artyuriko:20210123114927j:plain
歯ブラシを指ではじいて絵の具の粒を飛ばす方法や、金網を筆や歯ブラシでこすって絵の具を飛ばす方法を習いました。

専用の金網だけでなく、100均の金網なども使います。

f:id:artyuriko:20210123115419j:plain
f:id:artyuriko:20210123115312j:plain
絵の具の濃度によって、ぼてっと垂れてしまうことがありますが、
だんだんコツがつかめてきます。

f:id:artyuriko:20210123115016j:plain

f:id:artyuriko:20210123115518j:plain
短い時間でオリジナル作品を仕上げた生徒さん。
型紙を重ねながら、スパッタリングした絵の具の粒子がグラデーションを作り、立体的に見えます。
幻想的なテーマが、この技法の持つ魅力を引き出していると思いました。


イラストやデザインの勉強にも役立つモダングラフィック講座で、自分らしい作品を作ってみませんか?

湘南美術アカデミー

新規開講 モダングラフィック技法講座

 1月16日より「モダングラフィック技法講座」という、新しいクラスが始まります。
イラストレーターになりたい方、デザインに興味のある方におすすめのクラスです。

水で洗い流すウォッシング、引っ掻いて描くスクラッチボード、霧状の絵の具を振りかけるスパッタリング、
印刷物を紙に転写するリプリントなどなど、様々な技法を学び、グラフィック作品を制作します。

パソコンでは出せない味わいは、思いがけない自身の個性、強みを引き出してくれるはず。
題材に写真やイラストを使うことができるので、描写力がなくても、モダンな雰囲気の作品が作れるのも魅力です。
絵を描く、というより工芸的な作業でもあるので、モノづくりを楽しみたい方にもおすすめです。
井手先生の色彩理論と技法を学んで、古くて新しいモダングラフィックのイラスト作品を作ってみませんか?


クラッチボードの体験講座がありました。

f:id:artyuriko:20210112123120j:plain

f:id:artyuriko:20210112123314j:plain
参考作品

f:id:artyuriko:20210112122912j:plain
井手先生の作品

f:id:artyuriko:20210112122957j:plain
生徒さんの作品 
スマホで見つけた「心臓」のイラストを参考に、スクラッチボード作品にしたものです。

第一回目は、1月16日:17時からです。
ほかの美術教室にはない、スペシャルな講座です。

湘南美術アカデミー

『知覚力を磨く 絵画を観察するように世界を見る技法』

f:id:artyuriko:20201218145120j:plain

f:id:artyuriko:20201218145152j:plain

f:id:artyuriko:20201218145218j:plain

f:id:artyuriko:20201218145249j:plain

『知覚力を磨く 絵画を観察するように世界を見る技法』(神田房江・法人教育コンサルタント、美術史学者)/ダイヤモンド社


「知覚力」とは、目の前の情報を受け入れ、独自の解釈を加えるプロセスのこと。
知覚は知的生産の最上流にあるもので、思考以前の力のこと。

どこに目を向けて何を感じるのか、感じとった事実をどう解釈するのか、すべては「知覚」で決まるのだそう。
ですから、優秀な論理的思考やコミュニケーション力があっても
「知覚力」が乏しければ、それらを生かすことができない可能性があるのだそうです。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、史上最高の画家であり、人類史上最も多彩な人物です。
ダ・ヴィンチの『手稿』には、知の巨人と言われるダ・ヴィンチが、
アートからサイエンスまでの幅広い分野に渡り、観たこと考えたことが素描やドローイングを交えて細かくメモされています。


『手稿』から、
ダ・ヴィンチは、知覚力を磨くために、
知識を増やす、他者の知覚を取り入れる、知覚の根拠を問う、見る/観る方法を変える
ことを実践していたことがわかります。

ダ・ヴィンチの見る方法は観察です。
ダ・ヴィンチの『手稿』からはダ・ヴィンチの視覚重視の痕跡が見えてきます。

「なぜある星は、ほかの星よりもキラキラしているのだろうか」

「なぜ眠っているときに見る夢の方が、起きて見る空想よりも鮮明なのだろうか」

対象を集中的に観察することで見えないものを観る力が高まってくるそうです。
脳で観る機能をマインドアイ(アイデアを観る眼)と呼び、そこで観られる像をメンタルイメージと呼ぶそうで、
観察は、機能を高めて知的生産力に繋げてくれるのだそうです。

様々な分野で優れた芸術作品を残し、ダ・ヴィンチと同じくルネサンス期の万能人とされるミケランジェロはこう述べています。

羅針盤は手のなかにではなく、眼のなかに持ち続けるべきだ。
実行するのは手だが、判断するのは目なのだから」

湘南美術アカデミーの代表、彫刻家の三木勝先生も、デッサンの授業のときに、
よく、「手で描くのではなく目と頭で描く」と述べていますね。


知覚への最大の影響力を持っているのは視覚です。
本書では絵画を観察することで、眼と脳の能力を引き出すことで知覚力を磨くことを
「絵画観察トレーニング」として、紹介しています。

湘南美術アカデミーでも、おなじみの絵画作品などがトレーニングの例に出ていますよ。
観察力を試してみましょう。

なぜ絵画の観察が有効かというと、

・バイアスが介在しづらい(見慣れない絵を観るときには視覚的刺激を頼るしかない。ありのままを観察する感覚が掴みやすくなる。
・フレームで区切られている
・現実世界を観察するのは難しい。
・全体を見渡す力がつく

ビジネスにせよ人生にせよ、全体像ではなく全体図を観ることで、作品の特性や価値が浮かび上がってくる。
絵画観察を通して眼のつけどころを磨くことで知覚力が高まると知的生産のプロセスは加速するのです。
観ることによって知覚力を高めてきた人物の共通点は絵画を観るように世界を観ていること。

ダ・ヴィンチは、専門家から得られない知識は書物で補い、アート、天文学、医学人体解剖学、地質学、植物学、光学などなど、
知覚の領域を広げていました。
そして、ダ・ヴィンチの『手稿』を落札したビル・ゲイツやジェフ・ベソスなど、
世界の一流経営者は多様なジャンルの本をたくさん読んでいます。
ビルゲイツは「学習すればするほど知識をあてはめられるフレームが広がる」と知覚力向上を狙いながら本を読んでいたそう。
そしてノーベル賞受賞者の9割以上がアート愛好者ということです。

先の見えない時代と言われていたところ、さらにコロナに覆われて、
これからこの世界はどうなっていくのでしょうか?
混迷の時代において、思考の前提となる「知覚」を磨き、思考力を発揮することは、豊かに生きることにつながるでしょう。

ビジネス書ですが、知覚を磨くための名画の鑑賞方法というのは、美術ファンにとっても興味深いのではないでしょうか。

湘南美術アカデミー

三木勝作 アマビエを販売いたします。

f:id:artyuriko:20201207201152j:plain

f:id:artyuriko:20201207201236j:plain

疫病退散の願いを込めて、
湘南美術アカデミー代表の彫刻家・三木勝が
「アマビエ」を作成しております。


流行語大賞の候補にも挙がった「アマビエ」とは、江戸時代の終わりごろに、肥後(熊本県)の海中から出現し、
「疫病が流行するので、私の姿を描いた絵を人々に見せよ」と告げたといわれる妖怪です。

釉薬をかけて2度焼きした、陶器のアマビエgirlsは、6姉妹になる予定。
湘南生まれのgirlsの趣味はサーフィンで、ホタテ貝のボードに乗っています。

12月23日、24日に
鎌倉の小町通りの入口にある
アイザ鎌倉の中庭で、1500円で、販売いたします。
もちろん彫刻家のサインとエディションナンバーも入っています。

湘南美術アカデミーの展覧会、絵画や彫刻などの作品即売会も開催いたしますので、
ぜひいらしてくださいね。

湘南美術アカデミー

現代美術の巨匠・リヒターの「ある画家の数奇な運命」を見てきました。

『ある画家の数奇な運命』を見てきました。
ゲルハルト・リヒターの人生をモデルにしたフィクションです。

現代美術の巨匠と言われるリヒター。
最近では、2020年10月8日にポーラ美術館が、香港のサザビーズでリヒターの作品を約29億円で落札(アジアのオークションに出品された西洋作家の中で最高額)
というニュースもありました。

この映画、実は見ることを迷いました。
美術、恋愛の要素があるといえど、戦争がキーとなる映画ですし、3時間を超える大作ですし、しかもドイツ語だし、、、と、その重厚さにひるんだのです。
けれど、リヒターへの興味と現代美術について知りたいという思いが勝ちました。

そして、これまで美術に関連する映画をたくさん見てきましたが、こちらが
好きな映画ナンバー1となりました

 

リヒターがモデルとなったクルトに大きな影響を与えたのは、叔母との関係や、ナチ政権下におけるドイツのあり方。
恐ろしく、とても悲しいシーンもありますが、それを払拭し、あまりあるほどの爽やかさが得られたのは、あらゆることにおいて、幼くも見えるほどにおだやかで素直なクルトによるものでしょう。
妻となるエリーも同じような素直さを放つ女性。
登場人物それぞれが、国家の状況に翻弄されながらも、その人の本質を失っていないことが、この映画の魅力を支えるものだと思いました。


戦争や叔母から受けた影響などの原体験を抱えながら、静かにたんたんと悩み、描き、
ついに自分だけの表現方法を見つけるクルト。その姿は、私のイメージする現代美術のアーティストとは違っていました。


「芸術には主体性が必要だ。工芸とは違う」
という、デュッセルドルフ美術アカデミーで、ヨーゼフ・ボイス(ドイツの現代美術家)をイメージした教授の言葉がありました。

芸術と工芸は同じラインにあるように感じることもあるし、
まったく異なるものだと思うこともあり、その答えがわかったことは、

この映画を見てよかった、と思ったことの一つでした。


この映画では、1937年に、ナチス政権企画で行われた「退廃芸術展」に展示され、破壊されてしまった、カンディンスキーモンドリアンの作品などが再現されています。退廃芸術展のシーンでは、その当時の展覧会の様子、時代の空気を感じることができます。

ドイツの前衛芸術家たちは、ヒトラーにより、国家の敵、ドイツ文化に対する脅威であると烙印を押されたのです。

壊されてしまった作品を、写真などの資料から作るという、お金と時間がとてもかかる作業だったということが、「美術手帖」の、監督へのインタビューにありました。

『すべてのアートというのは政治的・社会的・歴史的な環境のなかで生まれているので、伝統の継続であるわけです。
アートが向かっていく方向というのはそれまでの歴史や文化があってのことなので、そこには正当性を持たせたかったということです。』

こうしたインタビューから、この映画の魅力はすべてわかります。

フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督は『善き人のためのソナタ』で知られる方ということです。

きっと素晴らしい作品でしょう。ぜひ見たいと思いました。


クルトがヨーゼフ・ボイスに学んだデュッセルドルフ美術アカデミーやドレスデン美術大学という美術学校のシーンからは、ナチ政権下のドイツの美術界の様子も知ることもできました。瑞々しくいきいきと学ぶ美大生の姿も見どころです。

ドレスデンの街並みや、映像、音楽なども素晴らしい、魅力がいっぱいの映画です。

原題は「Werk ohne Autor」、作者のない作品という意味になります。
原題の方が、この映画の本質がわかる気がします。

ぜひご覧くださいね。

 

湘南美術アカデミー