映画「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」

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映画「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」を見てきました。

小さな画廊の年老いたオーナーが主人公のフィンランド映画です。
美術商の、「最後の大勝負(オークション)」というタイトルは、とても気になったものの、
kiitos(キートス・ありがとう)しか知らないフィンランド語の映画ですし、
楽しめるかしらと思っていたら、
なんと、もしかしたら人生№1ではないかと思うほど、大好きな映画となりました。

まずヘルシンキの街の風景がよいのです。
ヘルシンキの真ん中あたり、トラムが走り、19世紀の建物の残るエリアにある小さなギャラリーが舞台です。
北欧らしい薄暗い画面に、お店の灯りや、窓ガラスや、絵画の金色のフレームが映えて、
もう街全体がアンティークな風合いというか美術品のよう!
ギャラリーの近くには老舗カフェの「エクべり」があります。
ギャラリーのオーナー・主人公のオラヴィは毎朝ペストリーを1つ買うのですが、この包みがまた素敵なんです。
店仕舞いを考えざるをえない状況にあるオラヴィの、積み重ねてきた長い年月を、小さな包みをぶら下げて歩く姿にみることができます。

オラヴィは、家庭を顧みずに、美術商という仕事に生きて、一人娘にも愛想をつかされ距離を置かれています。
娘の息子である問題児のオットー君をギャラリーで預かることになり、共に「ラスト・ディール」を行うのですが、そこには、
ヒューマンドラマと一言では表せない、スリルがあり、サスペンスもあります。
オークションのシーンは、とてもエキサイティング!

友人に誘われてオークションの下見に行くシーンがありますが、会場の外にはコレクターでもディーラーでもなさそうな、
普通の人たちがたくさん並んでいました。
オークションの下見会は、だれもが気軽に楽しめる娯楽という感じなのかしら?日本でも誰でも見に行けますが、
こちらでは、さらに身近な様子です。

絵画について勉強をさせるために、オットーを連れて行くのは、フィンランド国立アテネウム美術館です。
オラヴィの小さな画廊にも、オークションハウスにも絵画がいっぱい。
この映画に出てくる絵画は素晴らしいものばかりで、フィンランドの画家によるものだそうです。

ハンバーガーが食べたいというオットー君と入ったのは、ヘルシンキ中央駅のバーガーキング
あのバーガーキングなのですが、アールデコ建築のフィンランド駅の中にあるため、天井もオシャレで高く広々としています。
そして、どこからも見えるカウンターの後ろにあるのは、フィンランド写実主義の画家、エーロ・ヤルネフェルトのフレスコ画
自分の居場所にいる芸術作品は、いきいきと美しいものだと感動します。

そうそう音楽も素晴らしいのです。
シーンにぴったりの音楽が、出すぎず、けれど存在感を持って、物語を盛り上げています。

ご覧になる方のために、あまり内容をお話ししないように書いていますが、
タイトルの「名前を失くした肖像」には触れないといけないですね。

それは誰の肖像画なのか?作者は誰なのか?なぜサインがなかったのか?
誰の肖像画かは、ご覧になれば、おそらくわかるかもしれません。

老いた美術商と娘と孫の関係はどうなるのか、というものもちろん見どころですが、
私としては、それよりも、美術商の持つマインド、というものが興味深かったです。
終末期を意識してもなお、いいえ意識するからこそ、なんとしても、どんなことをしても、ビッグな、「ラスト・ディール」を実現させたい!
その一途さには、純粋さすら感じてしまったのです。

この映画を見た後、思わぬ幸せなことが、、、
それは、いつもの自分の街の景色が、古いヨーロッパの街のような彩を持って見えるようになったこと。
映画の中のヘルシンキの街並みのように見えるのです!
たった95分の映画だったのに、私の目には、ヘルシンキフィルターがかかったようです。

機会がありましたら、ぜひご覧くださいね。

湘南美術アカデミー